まなびのひきだし
2016.04.06
19.乳幼児期の発達の特徴(その1)
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このコーナーでは、むっちゃん先生(無藤隆教授)が、保育・幼児教育の大事なポイントを分かりやすく解説します。一人でじっくり読むのもよし!研修の素材として、園やクラスのみんなと読むのもよし!様々な形でご活用ください。毎月1回(第1水曜日を予定)お届けします。読まなきゃ、損。差がつきますよ!
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保育所保育指針の第2章「子どもの発達」の中の「乳幼児期の発達の特性」を検討してみましょう。その1はこうです。
「子どもは、大人によって生命を守られ、愛され、信頼されることにより、情緒が安定するとともに、人への信頼感が育つ。そして、身近な環境(人、自然、事物、出来事など)に興味や関心を持ち、自発的に働きかけるなど、次第に自我が芽生える。」
ここでは、保育所において、「養護」の働きが土台となって、そこから「教育」の働きが芽生えていくということを言っています。それをもっと詳しく検討してみましょう。
小さな子どもは大人が保護することにより、成長していけます。それは絶えず大人が監視するという意味ではありません。命が守られる配慮が最低限で言えば必要だという意味です。ですから、子どもは外でもどこでも預かってよいのではなく、園という整えられた場で、外部から勝手に誰かが入り込まない環境で保育するのです。
大人が生命を守るのは当然です。保育所が保育所となるのは、大人(保育士)が子どもを愛し、信頼されるようになるからです。愛すると言っても、本当の親と同じに愛するというわけにはいきません。他人の子どもだからというより、何人も担当の子どもがいて、また年度が替われば担当が交代するからです。そうはいっても、子どもの関わりを育てるとしても、その出発点に愛があるからこそ、それが「保育」と呼ばれます。その愛は子どもを慈しみ、幸せになってほしいと願い、その成長を楽しみにする気持ちです。子ども一般ではなく、まさに名前を持ち、個性を持った一人の存在として、日々喜び、悲しみ、また元気に暮らす、その様子を楽しみにすることです。あなたに会えてよかったと伝え、帰るときにまた明日会えることを楽しみにしているよと呼びかけ、朝、また一緒に遊ぼうねと誘いかけるのです。
その愛を通して、子どもは保育士に信頼を抱いていきます。いざというときに自分を守ってくれる人なんだと分かります。困ったり、不安になったり、どうしていいか分からないとき、保育士のそばに行けば元気になると分かっています。助けがほしいなら、そう眼で訴え、言葉で言いかければ、察して手伝ってくれます。自分が高く積み木を積んでやったと思えて、ふと保育士の方を見ると、見返してくれて、「よかったね」とほほえんでくれます。そういう信頼感が生まれると、安心して、園の中を探索し、そこにあるいろいろな遊具で遊び出します。決まった正答通りに触らないと怒られるといったことがないことが分かれば、落ち着いて、その遊びで工夫も出てきます。
子どもには喜怒哀楽がつきものです。喜び、悲しみ、怒りをするからこそ、人間としての基礎が育ちます。でも、その振幅が大きく揺れるのが次第に収まって、喜ぶにせよ、悲しみ怒るにせよ、ほどほどのところで収まるようになります。感情の感じ方が小さくなるというより、見通しが生まれて、次のことに関心が向かうからです。そのようにして、いつも穏やかで肯定的な感情が基調となり、その上で、はしゃいだり、がっかりしたり、かんしゃくを起こしたりもして、でも、すぐにその基調の機嫌の良さに戻るようになるのです。
子どもの心が落ち着いていると、身近にある物や人に興味や関心が向き出します。自分の内面が安定すると、人間の注意は外に向かうのです。そうすると、いじってみると面白そうな物が保育所にはたくさん置いてあります。他の子どもがいて、楽しそうなことをやっています。自分もやってみようかと思う。それが興味です。もっと関わって、面白いことを形にしてみたい。それが関心です。
そういった物や人や出来事がいろいろな種類について保育所には用意され、また季節に応じて提示していきます。生き物もあり、造形の素材もあり、紙や布があります。光や風を感じます。外に散歩に出れば、もっといろいろなものに出会い、様々なことが起きています。水がたまっていて、寒いときは氷が張ります。子どもの関心を世界へと引き出すのです。世の中にはこんなに素晴らしいものがたくさんあって、君がそれを使って楽しむことを待っているのだよ、と呼びかけ、誘いかけるのです。
その誘いかけに応じて、自分がそのものや人やことに働きかける。自発性がそこから生まれ、それが育つことを「主体性」と呼んでいます。自分からやろうとすることで、子どもは力を出し尽くそうとし、たとえごく小さい子どもでもそれなりに知恵を出し、以前に出会ったやり方を思い出し、新たな工夫をするのです。
そういった周りの物に働きかけ、そこで手応えを感じる。その感じる主体が自分であり、「自我」と呼びます。やってみたいと感じ、進んでやろうとするその中心が自我というものです。そのような興味・関心がたっぷりと育ち、周りのたくさんの物や人や出来事にどしどし関わろうとするようになると、そこで考え感じる自分がはっきりとしていきます。自我が育つのです。